2010年05月31日

パソコンあたま

いつだったか買った音楽プレーヤーの商品説明は、「パソコンが無くても使える」などと言う話だった。
しかし、取り扱い説明書がCD-ROM製で、それを読むのにはパソコンが無くてはならない。

「停電したから暗くて何も見えない。電気付けてくれ」という感じで、パソコンが染み込んだ人にとっては、パソコンが無いという事が全く理解できず、感覚が麻痺してるんだろうと思わざるをえない。
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2010年04月24日

そば粉人生

いつだったか?岐阜県揖斐郡谷汲にある横蔵寺と華厳寺にいってまいりました。

かつて、名鉄谷汲線が現役であった頃には何度か訪れていたんですが、その電車が数年前に廃線になってしまい、行く機会がなかなかなかったけれど、久しぶりに行く事が出来ました。
谷汲線の駅と車両はまだ保存されています。
車両も駅の屋根も木製です。

横蔵寺には妙心上人(ミイラ)が鎮座されていた。
上人は17歳で出家されてから、毎日、一日にそば粉をほんの少し召し上がるだけの食生活をされていたそうで、20年近くたった後、阿弥陀様からのお迎えをお感じになり、棺桶の中で断食されて最期の時をお迎えになられ、約200年後の今日にも現在のお姿をとどめられているらしい。

修業の足りない私ゆえ、そば粉ばかり召し上がってた方と違い、今死んだとしたらたちまち腐敗しそうだし、
お迎えなど感じる事無く突然死するかもしれないけれど、人前で死ぬのは恥ずかしいので、できれば独居老人にでもなって孤独死するのを希望したい。
餅か何かを喉に詰まらせて窒息死して、その後、火山噴火でも起こって、跡形も無く溶けて流れられたらうれしいのだけど、人生、なかなか、そううまく行かないかな?
自分が死んだ後の事も「人生」というのかどうだか知らないが。


近くの食堂でそばをいただく。「これはうまいわ」という感じで。
妙心上人はそば粉人生をお送りになられたというのに、私はそんな結構な物をいただいてて良いものか?むしろ虫でも捕って食ってたりするのが似合ってるとも思うが。
しかし、それでは虫にも申し訳ない言い草だなとも思ってしまった。
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2009年12月15日

うまれかわり

小学校に入りたてのころ、
「自分ばかりが他の生徒にくらべて、非常にデキがわるいのはどうしたワケか?」と自分なりに考えておりました。
「他の生徒は生まれながらにして、勉強は勿論、いろいろなことを要領よくこなしてしまう」
「それに対して、我が輩はなにもわかっていなくて、人生すべてがうまく行ってないのはナゼか?」
これは、きっと「他の生徒は何度も何度もうまれかわって人生をくりかえしてきているのに対し、我が輩ははじめて生まれてきたので、何も知らないし、何もできないのだ」と思いました。

しかし、次の年あたりから、それなりに学校にもなれてきて、そんなコトも思わなくなりました。
そして、現在は「マズイ人生をおくっていたら、次に生まれ変わったとしても、また、同じように苦労するのではないか」と思わざるをえないです。

「ワタシ、どうせならもっと美しく生まれたかったわ」
「それならワシだってコアラに生まれたかったわい」と言う感じで、なかなかオモイドオリには行ってない場合が多いようで、
思えば一度死んで生まれ変わりでもしなくては、絶対に変われない事もあるんだなとも思います。
死んだら思い通り変われるのかどうだか知りませんが。
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2009年09月04日

つくりもののおはなし

携帯電話などにホラー映画の血まみれの画像を入れておき、
それを見せて喜んでる輩がいるけれど、私はそれを見てもあんまり何とも感じなかった。

それは、始めから「ツクリモノ」だとわかってるせいか?俳優の演技がヘタなせいかもしれない。

役者さんの演技というのは、実際に見て、体験してきた事を表現してるんだろうけど、
しかし、そういう血まみれで死んでしまう体験などをしてきたり、見てきた経験もあまり無かろうから、演技も難しかろうと思う。

思えばホラー映画を見て、怖がったり、喜んでたりするのは、レストランのメニューにあるプラスチック製の模造品を見て「おいしそー」と言ってるようなものかと思った。

それ、そっくりの物を食べて「おいしかった」という過去の経験から、プラスチックを見てもそう思うんだろうけど、
逆にプラスチックの模造品を先に食べてしまった人は、本物を見て、その食べ物に拒否反応を起こすんだろうか?

経験からの想像で、「おいしそー」と思ったり、「悲しい」と感じたりするみたいだけど、その一方で、米国の映画製作現場では、蚊の一匹も殺してはならないらしい。
想像はどこまでも許されるが、現実では僅かな事でもユルサレナイとはどういう事なのやら?

しかし、テレビがニュースでは殺人事件、ドラマでは刑事ものなどばかり扱い、ヒトゴロシのお話ばかりなのはどうしたわけか?
文学にあっては、アガサ・クリスティなんて言う人はその文章内で戦争時並に人殺ししてるんじゃないか?

実社会でおこなわれる人殺しなどは、それらの影響をすこしは受けてしまっているのかもしれないとも思ってしまう。
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2009年08月18日

ひさしぶりにあつまると

西暦2009年のお盆はおわってしまいましたが、法事でひさしぶりに親戚があつまりました。
兄弟でも同居してたのは随分ムカシのことになってしまって、今や会うのは一年に一回くらいです。

その席で妙なことに気づきました。

親戚の耳を見ていると、みんな仏像のような感じでミミタブがたれさがっているというのに、自分だけがまったくちがうかたちの耳をしているんです。
母親に似たのか?と思って、母親の耳をみたら、それも自分とは違っております。

そういえば、自分は親類のだれにも似ていないのはどう言う訳か?と思いました。

もしかしてよその血でもまざってるのか?
もしかしてスズキさんのコドモなのかもしれない。
いやいやそれならもうすこしマシなヒトになってるはず。
などいろいろかんがえてしまいます。
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2009年04月23日

本よむかわり

本を読む事がすっかり減ってしまいました。
ここ数ヶ月で読めた本など、ほんの僅かです。

こうまで本が読めなくなったのは、やはりインターネットをやりだしてからかもしれません。
インターネットは、それなりに憶えなくてはならない事が多いのに加えて、動画サイトなど見ていると時間が潰れてしまい、しなくてはならない事が出来なくなってしまうんです。

で、しかたがないので、本を読む代わりに、別の作業をしている間にでも、耳で聞こうと思い、音楽プレーヤーを買ったんであります。

しかし、私がつかっているパソコンのOSで使える音楽プレーヤー非常に少ないようで、これには困ってしまいました。
始めに、よくわからないまま買ってみたプレーヤーは、韓国メーカーの物であったようで、「パソコン無しでも使える」と書いてありながら、説明書さえもパソコン無くてはみえないという困りもので、その説明書を見ると、我がパソコンで使えるかなんだか良く解らないような書き方がしてあるので、不安になり、通電もしないまま、お店に売って来てしまいました。
2千円ぐらいもマイナスになってしまったものの、返品するよりはマシだったのでしかたがないです。

で、次に買ったのが台湾メーカーの、これもよくわからない製品で、「最初にパソコンで12時間の充電をしてください」など、無理難題が書いてあってびっくりでしたが、なんとか動いております。

ところが、聞くべき音源がなかなか見つからず、ネット上の朗読サイトなど見ても、ダウンロードしようとすると、「クイックタイムプロで無くては出来ない」「お金払いなさい」というような表示が出てしまって、ダウンロードを拒否するんであります。
しかし、お金払おうにもクレジットカードでなくてはいけなかったり、使っているOSではできそうもなかったりで、これにも参ったんであります。

仕方がなく聞いていたのがNHKの高校講座ぐらいなんですが、これもダウンロードするのに時間がかかってしかたがなく、さらに、それをmp3に変換するのに時間がかかるし、変換したファイルは物凄い容量だしで、困ったものです。
更に4月が訪れて、年度が代わってしまってからは、今までの物がダウンロードできなくなってしまいました。

今は何を聞けば良いのやら?音楽だけ聞いていたのでは、今までと変わりないし、困ったものです。
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2009年02月04日

たべものとわたし

一月、「いのちのたべかた」だったか?
「いきものがたべものとして、どう処理されて、我々の食卓に上がっているか?」という映画の冊子を他人からみせられました。

それをみせてくれたひとが「我々の食卓に上がっている食べ物は、いのちあるものが、機械的に殺されてから商品化されたもので、それはそれはムゴイものであった」と言うような事を言っていました。

それは「動物など機械とおなじで、感情やタマシイなど存在していない」という思想からくるのか?効率的に処理されて、我々の元にくるらしいですね。

しかし、そんなものを見ながらも、血も涙も無い現代人ゆえ、何事も無かったかのように目の前にある肉などを食ってしまいます。
本来なら、食べるからには自ら殺さねばならないんでしょうし、魚釣りもあんまり好きでない私には、そういうものを食べる資格は無いんだと思いますが。

ワタクシはいつのまにやら「面倒なことは他人にやってもらおう」という考え方のおかしな人間なってしまってるのですが、そろそろ目を覚まさないと、ひどいひとのまま、一生をおえてしまいそうです。
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2009年01月07日

お年賀

お正月、毎年の年賀状は廃止してもらってもかまわないくらいに面倒で苦手なんですが、まったく来ないとなると、それもさびしいものですね。

あれば面倒で、無ければさびしい。勝手な考えです。

正しい性格をもちあわせた方は、その辺りも律儀にされてるんでしょうかね?
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2008年11月10日

なくなってみるとおもいだせない

たまに通る通りにあったたてものがなくなっていた。

なくなってみるとココになにがあったんだったか?思い出せません。
何かのお店だったのか?何だったのか?それさえも思い出せないんです。

家から近くにあるお家だった建物も潰されてしまい、無くなっていました。
ここもどんなかたちのお家だったか?思い出せません。
ここに住んでいた人と知り合いだったようにも思うんですが、どうだったか?思い出せないです。

こうして、いろいろな知り合いの事さえも忘れて行き、自分も他人からは忘れられてるのかもしれません。
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2008年10月07日

うらない

「今日の運勢」だとか言うもので、先日の我が運勢は「懐かしい人から嬉しい便りが」などというものが出ました。

「懐かしい人」から久々に連絡がある場合、大抵は「選挙に協力してくれ」だとか「○○教の宣伝」であったりするので、それは私にとって「嬉しい」事では無いんです。

「誰か亡くなってしまった」などというしらせもあって、それは「嬉しい」では無く、どちらかというと「悲しい」便りと言うべきでしょう。
「嫌な奴が死んでくれた」というと、それは不謹慎ながら、もしかして「嬉しい」事かもしれないですが、「いまさら」な感じもしまして、「どうせなら、あの頃に」などと、これも不謹慎に思ってしまったりもしています。

それで、本題の占い(うらない)ですが、かつてお正月におみくじでまずいのをひいてしまい、その年が実際にまずい年になり、人生もまずい方に行ってしまったので、それ以来占いやおみくじさえもひかなくなりました。

運勢は無視して生活しております。
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